「よるのはなし」



おう、まだ寝てなかったな、よかったよかった。まあまあ、そう難しい顔をするなよ。ちょっと美味い酒が手に入ったもんでさ、付き合って欲しいんだ。
ルッキーニに飲ませるわけには行かないし、少佐や中佐は忙しそうだろ。ハルトマン――に飲ませるとちょっと厄介なことになりそうだしさ。
そういやあ、あんたと飲むのは初めてだっけか。あ、まさか酒が初めてなんて言わないよな。カールスラントは確か、16歳からオーケーだっただろ。
え、あたしか。いや、そりゃまあ、リベリオンじゃ21歳からだけど。残念ながら、そこまで堅物な国じゃないんでね、黙殺さ、黙殺。ああ、そう目くじら立てるなって。
ほら、いい色したワインだと思わないか。あ、今ちょっと惹かれただろ。ワイン、好きなのかい。ん、いや特に意味はないさ、ただあんたが好きなら覚えとこうかなとね。
何赤くなってるんだ。おいおい、怒るなって、声を荒げるなって。今何時だと思ってるんだよ、まったく。え、お前に言われたくないって。

まあそんなことよりさ、ほら、注ぐからまずは乾杯といこうじゃないか。ん、何、ナッツがあるんだって。そりゃあいいな、ってもしかしてお前、案外一人で飲んでるのか。
いや別に咎めようってんじゃ無いんだから、そんな必死にごまかさなくても――ああ、はいはい、わかったわかった、っかしいな、褒めようとしたんだぞ、あたし。気が利いてるじゃないかって。
お、うまそう。うん、あんたとはこういう趣味は合うと思うんだよな、やっぱり。え、早く乾杯しろって。はいはい、せっかちだなあ。ほれ――乾杯。
ん、やっぱり美味いな。そう思うだろ――そら、あんたもいい顔してる。あ、こら、なんですぐそうやって膨れるかなあ。膨れてないって、じゃあ訂正しよう。このしかめっ面。

って、いや別にさ、今日はあんたと口喧嘩しようと思って来たんじゃないんだよ。昼間はどうせ顔合わせば言い合ってるんだから、夜くらいのんびり飲もうじゃないか。
あはは、まあ、あたしが悪いのもあるんだけどな。ついあんたをからかいたくなるから。ああ、ごめんごめん、だからそんなに怒るなってば。
ええと、そいじゃあ、違う話をしようじゃないか。落ち着きそうなやつ。んん、そうだな。ルッキーニの話をすると、軍規がどうのって話になってどうせ言い合うからな。
それなら全然関係のないところで――ああ、そうだ、ちょっと前にあった話をしてやるよ。なんともくすぐったい話なんだがね。

そうだな、確か三日くらい前だったか。あたしはまあ、いつものお決まりコースって事で、ストライカーの調整に勤しんでたんだけどさ。
え、お前のは調整じゃなくて改造だ、って。はいはい、わかってるって、程ほどにしときます――ああ、いや、問題はそこじゃないんだ。

そのときにさ、ちょっと珍しい客がやってきてね。









「お、なんだ、リーネじゃないか。どうしたんだ?」

「えっと、お茶の時間だったので……お菓子だけでも、と思って、包んで持ってきたんです」

「なに、ほんとか! あちゃあ、気付かなかったな……はは、どうもこのときは、周りが見えなくなるね」

「いえ、それだけ集中できるって、凄いことだと思います」

「んん、まあ、好きなことだからなあ……そうそう、ありがとう。今日はなんだったんだい?」

「スコーンです。ジャムとバターは先に片付けなくちゃいけなかったので……とりあえず塗ってきちゃいました」

「そうか、手間かけさせたな、そりゃ。ごめんごめん」


謝罪するあたしに対してリーネは、笑顔で首を振ってくれた。感謝されるのにも謝罪されるのにも慣れていない子なんだろうな、まあ、それはあたしの勝手な解釈だけど。
あたしが工具を広げているそこにおっかなびっくり近づいてくるリーネの、白い肌であるとか、優しい色をした髪であるとかは、なんだかこの油臭い場所にはちょっと不似合いだった。
その上、足元に転がっていたレンチを踏みそうになっては踏鞴を踏み、工具箱に踵をぶつけては謝りながら進んでくるリーネは、なんというか、面白くて。

やっとこさっとこあたしの前まで来たリーネがちょっと拗ねた顔をしていたところから察するに、あたしは多分、そのどこかあったかい気持ちそのままに、笑っていたんだろう。
謝罪の意も込めつつ礼をいって受け取った、包みがまだ温かい。もしかしたら、一度温めなおしてきてくれたのかもしれない。うん、優しい子だ、リーネは。


「ん、うまい! ブルーベリージャムが最高だね。さすがリーネのブルーベリーだ」

「ほんとですか? またたくさん送られてきちゃって、ペリーヌさんなんかはちょっとうんざりしてたみたいなんですけど……」

「はは、だったらあたしがペリーヌの分まで食べちゃうまでさ」


なんて返しながら、つくづくこの子に比べると、青の一番サマの優しさは理解され辛いのだな、と思ってしまう。不器用もあそこまで来るといっそ清々しい。
ツンツンメガネとは言いえて妙なり、なんてな、実は坂本少佐の受け売りだ、口に出すと頭から煙を出しかねないのでやめておくけれど。
ガリア復興のためそれなりに長い間この子と行動を共にしていたのだから、少しはリーネの素直さを見習うかと思ったが、まあ、変わらないペリーヌってのも悪くはないか。
いちいち真に受けてしまう宮藤は大変そうだが、ああまでぎゃんぎゃんと素のままやりあえる友人と言うのも、恐らくはペリーヌに必要なんだろう。
ということを考えると、ふと、たまに使い魔が豆柴なんだか豆狸なんだかわからなくなるぴんぴこ頭が思い浮かんだ。


「それに、その場合あたしだけじゃなくって宮藤も絶対参加してくるだろうし……そういえば、今日は宮藤と一緒じゃないのか?」

「え、あ……はい、その」



するとリーネは包みから二個目――いや三個目だったか――のスコーンを出して放っているあたしに、なんだかきしりと固まったような笑みを見せて、今日は、と続けた。



「今日は、芳佳ちゃんが一人で片付けるから、って……だから、シャーリーさんに持っていってって言われて」

「……へえ?」


もう少し聞いてみたところによると、最初にあたしに差し入れをしようと提案したのは宮藤らしい。で、それを思いつくやいなや、じゃあ自分は片付けを済ませるから、と言ったそうだ。
片付けは私一人でやっちゃうから、リーネちゃんはシャーリーさんに差し入れしてあげてよ。全容を話してくれたリーネは、だからわたしは差し入れ担当なんです、ときしきしわらう。
なんというか、そんなに宮藤について詳しいわけでもないあたしだが、流石にそれが珍しい言葉であることくらいはわかった。


で、まあ、残念ながら、リーネがなんだかくるしそうにわらっていることも分かる程度には、そのときあたしとリーネの距離は近かったのだ。
残念ながら、っていうのは、だってさ、リーネは、隠してわらうようにしてるみたいだったから。でも、手を伸ばせば触れそうなくらいに、リーネとあたしは、近くに居て。


そいであたしがどうしたかって、手を伸ばせば触れそうだったから、つまりあたしは手を伸ばしたのだ。首に引っ掛けていたタオルで手についた油なんかをざっと拭き取って。
ちょいと汚れちまったらごめんよ、そしたらこの後で一緒に風呂でも入りに行こうじゃないか、そしたらあたしが、あんたの綺麗な髪を、一生懸命洗うからさ。そんなことを考えながら。
きしりきしりとわらいながらも結局俯いてしまっていたリーネに向かってあたしは手を伸ばして、ずいぶんとちいさく見えてしまう頭の上、ぽん、とのっけてみたのだ。
リーネは一瞬呆けたような顔をして、その次にようやっと、ふるえるように息を吐き出した。たぶんそれはリーネの軋みだった。なぜならその後、リーネはわらえなかったのだ。



「なんだ、どうかしたのか。スコーン、一個食べるか? なぁんてな、あたしが作ったわけでもないんだが」

「いえ……その、ごめんなさい」

「はははっ、しってたか、リーネ、そういうときさ、謝っちゃいけないんだぞ」

「え?」


「謝る代わりに、早く笑顔になること。笑顔になるために、一人じゃどうしようもないことを引きずらないこと。わかるか?」



あたしはリーネがまだよくわかっていないような顔をしながら、それでもかくりと頷いたのを見て、よしよしなんて笑いながら、余計ぐしゃぐしゃと頭を撫でてやった。
ルッキーニにするような扱いだとは思ったが、なによりこういうときは、他人に甘えるべきなんだ。そういう意味で、ルッキーニはほんとに、素直でいい子さ。


なあに、大丈夫、さっきも言ったが、あ、いや、言ってないけどさ、リーネ、お前は普段は随分と素直でいい子なんだから。


「どうしたんだ、言ってみな。ほら、このあたしがどーんと受け止めてやるからさ!」


そりゃお前だって随分とどーんとしてるけれども、やっぱり部隊いちの包容力といったらあたしだろ、なんて思いながらあたしはどどんと胸を叩いて見せた。
リーネは、そのとき、ちょっとだけだが、笑った。




「こわいんです、わたし」

「こわい? なにがだ?」

「……わたしが、でしょうか」


ぽつり、ぽつりとリーネは話し始める。リーネの、淡いブルーの綺麗な瞳が、今はひどく揺らいでいるように見えた。


「わたし……芳佳ちゃんにとって、じゃまなんじゃ、ないかなって」


最近、ちょっとだけ、なんですけど。そう切り出したリーネが話したことには、なんだか最近、宮藤はリーネのことを避け気味らしい。
だとしたら今日の行動はその延長か。なんだ、あたしは宮藤の言い訳にでも使われたのか、と思うと苦笑が漏れるが、リーネの目はまだ揺らいでいた。
どうやらリーネの不安を作り出しているのはそれだけじゃないようだ、膝の上では手が、いたいたしいくらいにぎゅっと、ぎゅっと握られている。


「わたし、ずっと、ずっと役立たずだったから……今もそうですけど、でも、芳佳ちゃんが居てくれたおかげで、少しだけ、自分に自信が持てて」

「うん、そうだな。芳佳が来てから、リーネは凄く変わったと思うよ。勿論、いい方向に」

「……芳佳ちゃんが、変えてくれたんです。芳佳ちゃんのおかげで、きっとわたし、笑ってられるんです」


リーネが膝の上で握っている手のひら、あんまりぎゅっとぎゅっと力を込めるものだから、それは、ちいさくふるえていた。それから、声もふるえていた。
そうだ、リーネはふるえていたのだ。ぽんぽんと頭を撫でてやりながら、あたしは思う。


「芳佳ちゃんの隣に居ると、なんだか……あったかくて、すごく、しあわせで……だから、ちゃんと笑えるし、少しだけど、勇気も出るし」


リーネはふるえていた。くらやみでふらふらと言葉を捜すようにして、リーネはふるえていた。揺らいだ瞳から、静かな雫が落ちる。
多分こいつは気がついてないんだろうな、と思って、あたしは指先でちょいとそいつを拭ってやった。ひどくあったかい雫だった。


「でも、だから、こわいんです、すごく……わ、わたし、芳佳ちゃんがいないと、だめになるなんじゃ、ないかなって……お、おもって、それでっ」


でもあとからあとから零れてくる、拭っても、拭っても。リーネは勝手に喉をくうくう鳴らすくらいには泣いていて、だのに、まだふるえていた。
ばかだなあ、といつか、結構前に呟いていたのは、ああ、うん、お前か、ぶきっちょ黒狐。わかるよ、ほんと。リーネはばかだ。こういうとこ、ばかなんだ。


「それでっ……でも、芳佳ちゃんは、ものと、ちがうから。わたしと、ずうっと一緒なんて、むり、だから」

「うん。そうだね」


ばかで、ばかで、そうだね、おまえは、やさしいこだ。
言う代わりにあたしは両手を伸ばしてリーネを抱きしめた、それでもリーネのふるえは止まらなかった。


「芳佳ちゃんのそばにいたいです、そばに、いてほしいです……でも、わたしっ……わたしは、それじゃ、だめで……っ!」


なるほどリーネは、宮藤に拘泥しかけている自分が、きっと怖かったのだ。だけど宮藤が居ないと何も出来なくなる子になるような気がして、離れられない。
傍に居たいと願いながらも、やさしいやさしいリーネは、宮藤の重荷になることを決して善しとしないんだ。相反するふたつは、ぶつかって、ぶつかって、彼女をふるえさせる。
矛盾してるってわかってるから、自分でそうだとわかっているから、余計にどうしようもない。リーネはぶるぶるふるえていた、けれど。
リーネは、そのときやっと自分が泣いてたって気がついたみたいで、だから彼女はあたしにぎゅうぎゅう押さえつけられたまんま、泣いた、泣いた。

やさしいこだ、ほんとに、ばかなくらいに。だってリーネは、リーネに対して少し厳しすぎる。なあ、ひとりでじゃなくて、いっちょあたしと、考えてみようじゃないか。


「そうだなあ……リーネ、お前はやさしいんだな。そいで、ほんとに、ほんとに、宮藤のことが好きなんだなぁ」

「っ、う……え……?」

「好き、ってことはさ、つまり、大切、ってことだ。お前、自分の気持ち押し潰してでも、宮藤を大事に、大事に思ってるんだな」

「それ、は……でも、でもっ」

「だって、そうだろ? 芳佳と一緒に居たいのに、一生懸命それを、がまんしてる」


議題は、そうだな、せかいははたして、お前にそんなに冷たいのか、っていう話でさ。すっかり真っ赤になっている、濡れたほっぺたに触れる。
リーネはまだぼろぼろ泣いていた、うん、別に涙を止めなくてもいいさ。そんなことしなくていいから、なんならここで、あたしがいるとこで、お腹いっぱい泣いちまえ。


「でもさ、リーネ。お前、宮藤が居ないと役立たずに戻るのが怖いから、宮藤と一緒に居たいんじゃ、ないだろ?」

「……わたし、は」

「だって、さっき自分で言ったじゃないか。芳佳ちゃんの隣に居るとあったかいって。しあわせだって。だから、隣に居たい。ちがうか?」

「そう……です、きっとそうです、わたしは、芳佳ちゃんの隣に居るの、好きなんです……でも、でもっ!」


「いいんだよ、それで。」


あ、今の顔、けっこうかわいいぞ、リーネ。それ、宮藤の前でしてやるといい。できればあたしが近くに居る場面でさ。
なんて思いながら、ぽかんと呆けている頬をつついてやった。なあ、お前が思ってるほど、お前が自分を締め付けちゃうほどさ、せかいはお前に、冷たくないんだよ。


「いいんだよ、それで。近づこうとすると、痛いし、苦しい。でも、近づきたい。どうしようもないさ、だって、好きなんだから!」

「……すき」


「そうさ。なあリーネ、どうしようもないこと、一人でどうにかしようと、するなって。さっきも言ったろ、そんならまず、誰かに話して、笑えるようになれ。
 そんでもって、お前が話をするのは、あたしじゃなくて宮藤。たくさん、たくさん話せよ。そうやって、二人で一生懸命、しあわせになればいいじゃないか」


それに、宮藤はきっとお前がそんな話をしてくれることを望んでいるのさ、お前はもしかしたら、ちっともわかっちゃいないのかもしれないけど。だから、ばかなんだけど。
どのくらい近づいたらいいかなんて、誰だって怖いし、誰だって、誰かの傍に居るのは苦しいし悩ましいさ。そのぶん、傷ついたり、傷つけられたりも、するんだから。
でもそれに全部負けて、最初っから諦めて、もういいやって我慢できるような気持ちじゃ、生憎とないわけだから。

そんなら、ぶきっちょでも、へたくそにでも、ぶつかったり、ころんだりしながら、一緒にうまいこと歩く方法を、探すしかないだろ。


「そら、リーネ、どうだ?」

「わたし……わたしは……」


リーネは、暫くあたしの鎖骨あたりに額をとんとのっけたまま、細く細く息を吸ったり、吐いたりしていて。
あたしはわざと答えをやらなかった。選択肢を与えるんじゃなくって、自分で探して欲しかったんだ。だいじょうぶさ、リーネ、お前はもう、その答えを知ってるだろう。


「わたし、は……芳佳ちゃんと居るの……すきです」


「うん! いいさ、それが全部の理由になる!!」



それからリーネは、とびっきりの可愛い笑顔で、はい、と言った。



「なあに、心配するな。そこでさっきからずっと隠れてる無傷のスーパーエースどのだって、誰かさんとの距離についてだなんて、延々悩んでるんだからな」

「ちょっ……し、シャーリー、気がつかないフリするなら最後まで続けろよな!?」

「えっ……きゃ、え、エイラさんっ!? い、いつから……!!」

「いやそれは……その……じゃなくてっ、シャーリー、お前なあああああ……!!」

「なんだよ、ほんとのことだろ? 未だに意識がない相手の肩も抱けないくせに」

「うっ、うるさい、うるさいうるさーい! っていうか、私の話じゃなかったはずだろ、なんでこんなことになってんだよ!」


なんとも情けないというか、顔を真っ赤にした空では無敵なエースどのを見てあたしとリーネは吹き出してしまって、暫くの間そこでは、明るい笑い声が響いた。
ああもうなんだよ、なんなんだよ、とすっかりヘソを曲げてしまったのはエイラで、まあ、不機嫌なのは多分、それだけじゃないんだろうけどさ。
どうもこのスオムス空軍少尉どのは、初めよく俯いていたリーネを随分と気にかけていた節があり、だからあたしに相談してたってのがちょっと悔しいんだろう。
ばーか、そういうこともちゃんと言わないから、お前はいつまで経っても、ぶきっちょなのさ。




と、まあ話の概要は大体こんな感じなんだけどさ。あ、もう最後の一杯かい、早いなあ。お前さん、結構ペース早いんだな。いつもこんななのか。
え、あたしの方がずっと飲んでだろうって。仕方ないじゃないか、話してると喉も渇くしさ、割と恥ずかしいんだぞ、こういう話。
うん、でもまあ、恥ずかしいついでだ、あと一杯の肴ってことで、ついでに素敵なエピローグも付け加えといてやるよ。

その後すっかりヘソを曲げてしまったエイラのところに飛び込んできたのは、なんともはやタイミングの悪いことに、片付けを終えた悩める宮藤芳佳軍曹どのだったんだ。
これがまた笑える話で、宮藤ときたらしっかりエイラの逆鱗に触れるような内容を彼女に相談してしまったんだ。言うまでもないが、リーネのことだよ。
しかも宮藤軍曹ときたら、おっとりリーネと違って随分とこう間違った方向に素直なんで、開口一番「エイラさん、私、なんかむらむらするんですよ!」と言ったそうで。
そりゃあエイラの沸点もあっさり超えてしまうもんだ、そうだろ。

一応、うっかりリーネを意識し始めてちょっと一緒に居辛くなっただの、だからちょっと距離を置いてるだの、でもそろそろ寂しくてやってられないだのと宮藤は事情を述べたよ。
でもそれはあくまでも一応であってというか、つまるところそんな話はエイラにとってはネウロイのビームがごとくほぼ無意識に耳が避ける対象になっちまってさ。
それでもあきらめない、ある意味扶桑の魔女らしい豪胆っぷりを発揮した宮藤に対して、エイラは、「もーいーよ、真っ直ぐ行っちまえばいいだろ!」という捨て台詞を残して逃走。

けどある意味エイラの助言は正しいときたから、笑えるよな。まあ、それを真に受けてしまえるのも宮藤だけだろう、とは思うんだけれど。
でも確かに宮藤らしくもないな、どっちかっていうとぐしゃぐしゃ考えるのはリーネの役目だ。結果的に宮藤の行動はリーネの勇気を呼び起したわけだから、面白くはあるけどさ。
あたしが思うにあの二人は、宮藤が突っ走りすぎて、リーネが止まり過ぎるくらい立ち止まって、それでなんだかんだうまくいくとか、そういうふうにできていそうなんだよな。

それからなにがあったかってのをあたしが詳しく知ったわけじゃないけど、昨日だか一昨日だかにまた笑顔でいるリーネを見かけたからな、まあ、今んとこ上手くやってるんだろう。
ああ、そうだ、ネウロイの襲撃が空いたらさ、あんた、ハルトマンとまたクリスのところに出かけるんだろう。その時ついでに、あの二人をどこかに連れて行っておやりよ。
基地の中じゃあできない話ってのもあるだろうしさ。それに、ロマーニャの町の美しさが、二人の背中を押してくれるさ――なんてな、ちょっと詩人すぎたかい。
あっ、こら、笑うなよ。笑うなってば、なんだよ、もう、うるさいなあ。はいはい、どうせ普段は風情のかけらもないリベリオンですよ。
え、なに、そういえばサーニャがエイラになにか拗ねた目をしていたことがあったな、って。はは、そりゃ傑作、さて、あの二人はどうなるのかな。


まあ、なんだよ。
たまにはこんな、幸せな話が溢れてるような、穏やかな夜ってのも悪くないさ。そう思わないか、大尉どの。


おっと、なんだ、もうこんな時間か――それじゃ、酒も無くなったことだし、あたしは失礼するかな。ナッツ、なかなか美味しかったよ、ありがとう。
しかしまあ、今言うことじゃないかもしれないが、ハルトマン、凄い格好で寝るんだな。あれはカールスラント軍人ならではのポーズなのかい。
ベッドの上に両足を乗せた状態って。え、なに、起きるまでにあと三十回くらい変わるのかい、このポーズ。あはは、そりゃすごい、一度最後まで見てみたいもんだ。
毎朝毎朝起こすのも大変だろうけど、あれであたしが起こしに行ったら余計起きないからな。頑張ってくれ、大尉どの。もう、ある意味日課みたいなものだろ。

それにしてもずいぶん長居しちまったなあ。あっという間だったよ。ああ、まあ、あたしばっかり喋ってたから、あんたはつまらなかったかもしれないけどさ。
いやあ、少し肩の力を抜いてやろうと思ったんだが、失敗だったね――ん、だってさ、大体がとこ、ミーナ中佐と坂本少佐の次に、隊を背負ってるのはあんただろ。
あたしも一応あんたと階級は同じだけど、あたしはどうにも人の上に立つような柄じゃないらしい。そもそも軍人じゃないのがだめなのかなあ。
自由すぎるんだよね、きつすぎるのもどうかとは思うけどさ、隊をまとめるって立場はやっぱり、どうもあんた任せになっちまってる気がしてさ。
けど大尉どのは頑張りすぎる傾向にあるから、まあ、ちょっと奮発してワインなんぞ買ってみたんだが、失敗したかな。あたしばっかり楽しんじゃったよ。

うーん、悪いね、もうちょっと考えてから行動する。それじゃあ、これで。
お休み、バルクホルン。





「……ああ、待て、シャーリー」


「え?」

「その……なんだ。今度は、私が美味い酒を用意しよう。その時は、一緒に飲んで、くれるか?」


「……ああ!!」




 

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