「すきなのは」



リーネちゃんへ。
元気にしていますか、芳佳です。
私は、相変わらずお母さんやおばあちゃんから、まだまだ未熟だ、と怒られる毎日を送っています。部隊にいたときよりちょっとは魔法も上手になったと思うんだけど、まだまだみたい。
でも、私は私にできることを、ちゃんと探していこうと思います。もう軍にはいない私だけど、それでも、人を助けたいって気持ちは変わらないから。
お父さんの遺してくれた言葉はまだ、ずっと胸の中に残ってるし、それは私をいつだって突き動かしてくれます。

それに、おんなじ空の下で、リーネちゃんだって、ガリア復興のお手伝い頑張ってるんだもの! 私ばっかり楽ちんしてられないよね。
そうそう、そのときの新聞、扶桑軍のひとから送られてきたから、読みました。写真越しだったけど、久々にリーネちゃんの笑顔が見られて、ちょっと嬉しかったです。
それに、ペリーヌさんも。あんなに明るい顔で笑えてるなら、ガリアの復興もきっと上手くいくような気がしちゃう。でも、それを言ったら、土方さん(新聞を届けてくれた軍の人です!)から笑われちゃった。
確かに、ちょっと楽観的すぎるかもしれないけど。でも私は、リーネちゃんはほんとはすごい力を持ってる人だって、知ってるから。
リーネちゃんが一生懸命頑張ってる姿は、きっとね、誰かに希望を与えることが、できると思うの。(もちろん、ペリーヌさんも!)
この間の手紙に書いてくれたけど、私も、復興したガリアを見に行くのが楽しみです。
あ、手紙といえば、ペリーヌさんからの手紙に、リーネちゃんの料理がおいしいって話があったの。いいなあ、私も久々に、リーネちゃんの手料理が食べたいです。

一緒にいた頃のことって、不思議だね、ずっと前だったような気がするのに、思い出そうと思えば、すぐ頭の中に浮かんでくるの。なんて言ったら、思い出をたどるにはまだ若いってお婆ちゃんが笑ってたけど。
ううん、なんだろう、501のみんなと過ごした時間って、思い出なんかじゃなくて、もっとはっきりしたものとして、私の心の中に、残ってます。
それで、その中にいつも居てくれるリーネちゃんは、私にたくさん、元気をくれるの。今はもう、ずっと遠くなっちゃったけど。それでも、リーネちゃんはやっぱり、私の一番大切な人です。

世界が平和になったら、扶桑にも来てほしいな。一緒に行きたいとことか、見せたいものとかが、いっぱい、いっぱいあります!
名残惜しいけど、そろそろ、終わります。どうか、お元気で。作業を頑張るのもいいけど、身体を壊さないようにしてください。

じゃあ、またお手紙書きます。
芳佳より。







「あ、いたいた、リーネちゃ……あれ?」


坂本さんはミーナ中佐とお出かけ中、訓練の予定もなく、また今日の料理当番はシャーリーさんとエイラさんで、そうなると特にすることもなくなっちゃうのが私だ。
最後の一つに関してはいろいろといやな予感がして手伝うべきかとも思ってしまうけど、まあ、たまには何もすることがない、穏やかな昼下がりを満喫したっていいと考え直した。
で、そんなぽかぽかした時間を満喫するのに欠かせない要素っていえば、やっぱり、いつもそばにいてくれるあの子なんだけど。


気がついたら食堂にも部屋にも姿が見えなくって、首を捻りながら基地中を無意味に巡回していたら、見つけたのは、木にもたれて座っているリーネちゃんだった。


基地からほんの少し離れたところに一本立っている立派な木。お昼の高く昇った太陽に照らされて、柔らかな木漏れ日と、優しい木陰が広がっている。
まっすぐな日光より、そんな光の方が、たぶん、穏やかなあの子には、ぴったりなのだ。なんてことを、私はふっと考えてしまう。
その根本に腰をかけてリーネちゃんは、葉擦れの音と一緒に、こがねいろのきれいな髪を、ふわふわと揺らしていた。


「…………」


呼びかけようとしていたのをやめたのは、なんだかその絵本の一ページみたいな光景にはっとしたのもあるけど、もう一つ。
私は息をするのもちょっとの間忘れて、どうか気がつきませんようにって不思議なくらいに一生懸命願いながら、リーネちゃんの方に一歩だけ、ちいさく、ちいさく踏み出した。
さくり、芝生が、足の下で鳴る音。ばか、もう、静かにしてよ、なんて、思ってしまう。リーネちゃんが気がついてこっち向いちゃったら、どうするの。
そんなことを言うくらいだったら近づかなければいいじゃないか、なんて抗議が聞こえてきたような気がするのは、私も自分でそれをわかっているから。でも、やっぱり、そろりそろりと、歩みは進めてしまう。


だって、リーネちゃんは、それくらい綺麗にほほえんでたんだ。


きれいな蒼い目を優しく細めて、白くなめらかな頬に微かなさくらいろを滲ませて。
リーネちゃんは、それはそれはあたたかに、ほほえんでいた。

私はそれに、すっかりと、魅入られてしまって。



私が坂本さんに教えて貰ったかどうだかも怪しいような、気配を消すってことを必死に実践していたのはつまりそういうわけで、だって、こっちに気がついたら、その仄かな笑顔は、消えてしまいそうだったから。
でも私の足が止まらなかったのも、なんとも矛盾してることにそういうわけだったんだ、だって、もうちょっとでいいから、近くで見たかった。
もしも心音が外にも響くものだったら、きっとすぐに気がつかれてたと思う。そのくらい私はどきどきしていた、から。

三歩目までは気がつかれなかったので、私はちょっとほっとして、いい加減苦しくなってきていた息をゆるゆると吐く。といって、胸のどっかがぎゅっとしたままなのは変わらない。とくん、とくんと体の中が賑やかなのも。
手紙、かな。リーネちゃんが微笑みながら、蒼い目を何度も何度も走らせているのは、広げた紙の上だった。三枚くらいあるそれを、時折ふっと笑みを深くしながら、リーネちゃんは読んでいて。
なんだろう、凄く楽しそう、ううん、嬉しそう、かな。わからないけど、リーネちゃんの笑顔は、幸せそうだった。とても、とても。かさり、草の音。もう一歩だけ。もう少しだけ、近くに。


――そうして、目に飛び込んできたのは、リーネちゃんの膝の上。いつも良く似合ってる縞模様のソックス、その、上。



「あ……それって!」

「きゃあっ!?」


さっきまで草がたてる音にだって敏感になっていたくせに、ついおっきい声を自分で上げてしまったのは、リーネちゃんの膝の上にのっかっている封筒に、とてもとても見覚えがあったからだった。




「よっ、よよ芳佳ちゃん! い、いつからそこにいたの!?」

「やっぱり、これ、私の手紙……リーネちゃん、これ読んでたの?」

「え……あ、そ、その……」


ああ、これ、見たことある。扶桑にいた頃、友達が見せてくれた漫画に、こんなのあった。確か、ぴったりな効果音は、「ぼんっ!」だ。
なんてことをぼんやり考えてしまったのは、つまりは私が歩み寄ったリーネちゃんが、そんな勢いで顔を赤くしたから。おお、凄い。って、感心してる場合じゃないけど。
慌てて――でもかなり丁寧な手つきで――広げていた便せんを折り畳んだリーネちゃんは、それをすぐに封筒にしまおうとしていたけれど、これはいわゆるひとつの、手遅れというやつだ。
私には、それがなんだったのか、別にその封筒に宛名が書いてあることを確認しなくともわかる。だって、ほかでもない私自身が、いつか書いた手紙だったんだもの。



一度501が解散した後、軍人でなくなった私は扶桑に戻ってまた中学に通いはじめ、リーネちゃんはペリーヌさんのガリア復興作業を手伝っていた、あのころ。
離ればなれになってしまった私とリーネちゃんだけど、手紙のやりとりだけは欠かさずに行っていた。リーネちゃんからの手紙が来るのが待ち遠しくて、ポストの前で何度郵便屋さんを出迎えたことか。

そうやって郵便受けの前で待機したあとは、肩を落としてるか跳ね回ってるかのどっちかで、そうなるとすぐ、お母さんになにがあったかばれてたっけ。仲が良いのね、なんて笑われた、その通り!
流れるような筆跡のブリタニア語、リーネちゃんが書いてくれたきれいなそれ、自分が書く拙いのとは全然違う綺麗なことばの数々を、私は扶桑で何度も何度も読んで。
読んだ後は、三番目の引き出し、珍しく鍵なんかがついてるちょっと豪華なやつに、大事に大事にしまってた。引き出しの中が、少しずつ狭くなっていくのが、私は多分、楽しみだったんだ。
でも返事を書くのだって楽しみの一つだった。自分の他愛ない話とか、顔を見てだとちょっと恥ずかしくて言えそうにないことまでたくさん書いた、気がする。


そういうことは確かにあったから、リーネちゃんが私からの手紙を持っている、っていうことは全然不思議でもなんでもないんだけど。問題は、それを「持ってきてる」ってこと、だ。
しかもリーネちゃんがそっと私から隠すようにしているのはあと数葉ある封筒だった。全部見覚えがある、ということは、それらも全部、私がリーネちゃんに送った手紙の数々。



「……でも、なんで今、それを?」

「え、えっと……」


リーネちゃんは封筒と私の間で目線を逡巡させている。言わなきゃだめ、って――その顔はちょっと反則だと思うな――見上げてくる、使い魔そのまま、猫みたいなくりくりした瞳。
次の言葉を出しあぐねていたリーネちゃんにつられて、こっちまでなんだか喉が詰まったような思いだけど、でも、やっぱり気になる。引き下がるな、私。可愛さに負けるな、私。
ねえ、なんで。ちゃんと言えたかどうかはわからないけど伝わったと思う、リーネちゃんは耳まで赤くなって、あ、もう完全に反則です、はんそくっこは、俯く。
あの、あのね、なんて、か細い声。消えてしまいそうなのに、ちゃんと届いたそれで、くすぐったく鼓膜が震える。


「ごめんね、よく、読み返してるの」





リーネちゃんの隣、木にもたれて私も腰掛ける。少し眩しいけど、そっと頬を撫でる風が隣から優しい匂いを運んでくれるから、どっちにしたってぽかぽかだ。
ここ、いい場所だね。思わず呟いたら、リーネちゃんがぱっと顔を明るくした。ちょっと、お気に入りなの。前の基地のときもそうだったっけ。リーネちゃんが見つける場所は、いつもなんだかちょっと、素敵なのだ。
いつかのように一緒にアドリア海を眺めるのも、私は好きだった。でも、こうやって、木漏れ日の下でさわさわ揺れる葉を見ているのも、やっぱり好きだ。たぶん大切なのは、隣のあたたかさ。


「手紙にね、いつも、勇気貰ってたから」

「えっ、そ、そんなのに? すっごくくだらないことしか書いてなかった気がするんだけど……」

「ううん、だって、それもぜんぶ芳佳ちゃんが書いてくれたことだもん」


言うと、リーネちゃんははにかむように笑ってから、さっきしまおうとしていた便箋をもう一度そっと開いた。ああ、そうだ、この顔。さっきリーネちゃんが浮かべてた、あたたかなほほえみ。
今更ながら、その理由になっていたのがどうやら自分の手紙らしいということを理解して、なんだか、むずむずする。うれしい、すっごくうれしいんだけど、なんだろう。
でもリーネちゃんはそんな私に多分気がついてなくって、だからただ蒼い目を手紙の上にそっと滑らせて、囁くような、染み入るような声で、リーネちゃんは続ける。


「わたしなんかにガリアの復興のお手伝いなんて務まるのかな、とか、こんな小さなことってほんとに意味あるのかな、とか、不安なことは、たくさんあって」


自分に出来ることなんて、本当にあるのかな。それはきっといつだってリーネちゃんの、それから私たちの頭の中を巡る、どうしようもないくらい大きな問いかけだった。
問題はいつだって途方も無いくらい大きいのに、まるであざ笑うかのように、私たちの両手は小さい。ガリアがどのくらい酷い状態だったのか私は知らないし想像もつかないけれど、問題が現実として目の前に立ち現れるのはきっと辛くて。

だけど、渡された新聞を見たときに私は、どんなに小さくても、一歩であることに変わりは無いって、そんなことですら、そんな甘ったれたことですら、思えたんだ。
頑張ってたんだもん、リーネちゃん。がんばる、っていうのは、ほんとは凄く大変なこと。そんな中でも笑えるっていうのは、リーネちゃんがとても強い人だってことを、示してる。


「わたしが……たとえばその新聞みたいに、それでも笑えたのは、芳佳ちゃんの手紙のおかげなんだよ」

「手紙……う、うーん、ぴんとこないなあ」

「そうかも、芳佳ちゃんにとっては、多分自然なことだから」


くすくすと息を漏らしたリーネちゃんは、決して紙に皺が着かないように、でもまるで手紙を抱きしめるように、大事にそれを、私のへたくそな字が並んでいるそれを抱え込んだ。


「けど、どんなに離れてたって、芳佳ちゃんのことばがたくさん、たくさん勇気をくれるの」


傍に居たときも、そうだったけど。恥ずかしそうに、ほっぺを真っ赤に染めながらリーネちゃんは言ってくれて、それはきっととても嬉しいことで。
だってリーネちゃんはこんなにも私が書いたなんでもない手紙の数々を大切に思ってくれているし、そして抱きしめてくれているんだ。私はきっと幸せ者なんだ、と思う。



――うん、いや、頭ではちゃんとわかってるんだけど、あれ、おかしいな。



「だから、いっぱい助けられて……そしたら今になっても、なんだか、読み返したくなっちゃって」

「その……手紙を?」

「うん。」


リーネちゃんはこがねいろを揺らして、しっかりと頷いてくれた。それが、多分引き金。さっきからずっとむずむず、もやもやしていた気持ちが、ふっと頭をもたげる。


「芳佳ちゃんの手紙は、今でも、すごく大事な……大好きな、宝物だよ」


そう言ってリーネちゃんが抱きしめているのは、グレーのセーターというかどっちかっていうとその下のふかふかが包み込んでいるのは、私が書いた手紙であり、手紙でしかない。
つまり、つまりそうだ、あのあたたかな笑顔も、リーネちゃんが恥ずかしそうに零しているこの言葉の数々も、向けられているのは、受け取っているのは、私ではなく。


手の中の、紙たちなのである。


「……芳佳ちゃん?」

「えっ!? あ、な、なに?」

「あ、ううん、ちょっと俯いてたから……あ、そうそう、それとね、わたし、芳佳ちゃんの字も好きだよ」

「……字?」


今度は、字。


「うん。なんていうか、芳佳ちゃんらしいなあ、って……見てるとね、ちょっとあったかくなるの」

「へえ……」


そしてこの笑顔である、か。気持ちというのは一度はっきりしてしまえばあとはもやもやも何もなく募るだけであって、私は正体もはっきりしてるそれが、どんどん膨れ上がるのをただ感じていた。


私もリーネちゃんからの手紙は、宝物だよ。たくさんの笑顔と、素敵な時間を貰ったよ。それに字だって大好き。それは全部ほんとだし、リーネちゃんもそう思ってくれてるのは、嬉しい。
わざわざ基地まで大事に持ってきてくれたのだって、私に隠れてこっそり読み返してくれてるのだって、それで思わず見惚れちゃうような笑顔を浮かべてくれるのだって、全部嬉しいよ。


――嬉しいんだけど、でも、でもね。


「リーネちゃん」

「うん? どうしたの、」


よしかちゃん、までは、ことばにならなかったみたいだ。


途切れた言葉、おおきく開かれたブルーの瞳、あまいにおい、それから、柔らかな、桃色。
近くて、近すぎて、どっちのだか分からなくなっちゃうような吐息がぶつかって、熱い。すごくあつい。あついから、それならもういっそ溶けちゃいたくて、もう一度。

とん、という音。静かで、それでいてすごくいけないような、そんな音。リーネちゃんの背中。追い詰めちゃった。こがねいろが、ふわり。


「よ、よしかちゃん、っ」


私のことを一生懸命呼んでる、くるしそうな声が聞こえる。それを全部飲み込むみたいにして、もう一度。リーネちゃんの発した声が私の唇からのどを通って、甘い甘い疼きに変わる。
すっかりいっぱいいっぱいになってきてるリーネちゃん、熱にうかされたみたいな目が微かに潤んでて、ああ、もう、それを見ちゃうと、私は多分、だめになるのだ。
触れるだけ、くすぐったくってへんにあまいそれを何度もなんども繰り返しながら、私は木に背をあずけてるリーネちゃんをもっと追い詰めるみたいにして、覆い被さった。
自分の吐息と、蕩けそうなくらい熱いリーネちゃんのそれとが混ざり合って、からだの奥が焼け付きそう。唇が柔らかければ柔らかいほど、私はふわふわして、ふわふわして。


「っ、はぁ……ど、どうしたの、芳佳ちゃん……?」

「……うん」


いや、まあ、その、なんだろうね。あーあ、リーネちゃん、もっと悪い子だったらいいのにな。私はいい子じゃありません。リーネちゃんみたく、いい子じゃ、ないから。
ぽやっと潤んでる瞳で、それでも一生懸命、私を見上げてくる。さっきのまま、軽く開いた唇が、残響みたく甘やかな吐息を漏らす。
私はきっとリーネちゃんが考えもつかないようなことに拘っていて、だから、きょとんとしているリーネちゃんのほそい両手首を、捕まえるように、握るのだ。
さっきのことで既に結構くったりしてたリーネちゃんは、そうすると完全に手から力を抜いてしまって、そこからはらりと落ちたのは。

つまり、手紙なのであって。


「あの、ね」

「うん……?」


額と額をこつんと、私としては小さなおしおきの意味合いも込めてぶつける。頭突きなんて、そんなんじゃないけれども。でも、わかって、わかってよ、わかんないだろうけど。それにしても、あったかいね、リーネちゃんのおでこ。
便箋は草の上、木々をすり抜けてくる微風にかさかさ揺れる。リーネちゃんの目がふっとそっちに向きそうになるから、手首を握る手に、ちょっと力を込めた。痛くないように。でも、わかってほしい。

そっちじゃないってば、あのね、リーネちゃんはいい子だから、わかんないかも、しれないんだけどさ。ああだって、今も、ぽかん、なんて効果音がぴったりな顔、してるもんね。
嬉しいよ、リーネちゃんがそんなに私の手紙を大事に思ってくれてること、凄く嬉しい。でも、ねえ、リーネちゃん。


余熱がまだ抜けないほっぺたをすりあわせる、あついね、熱いってことは、私が、リーネちゃんが、ここに居るってことだよ。ねえ、わかるかな。リーネちゃんはくすぐったそうに目を細めた。ほっぺ、柔らかい。
私は片手だけ放して、指先でリーネちゃんの顔に掛かった髪を、そっと払いのける。きれいなこがねいろが、私の目の前、さらさらと流れた。するとそれに応えるように、リーネちゃんもちょこっとだけ、私の頬に触れてくれる。
そうだよ、わかるかな、こんなに傍にいるよ、私。遠い、遠い海の向こうじゃ、もう、ないんだよ。頬にある手を、ぎゅっと握って。リーネちゃんの手は、いつも、お日様みたいにあったかい。


「んっ……く、くすぐったいよ、芳佳ちゃん」


髪の隙間、ちょこっとだけ覗いている、仄かに朱に染まっている耳に、軽く唇を落とす。リーネちゃんがぴくりと身を捩った、あ、逃げちゃだめだってば。なんて、まだ片手は、捕まえたままなんだけど。
あまくてせつない声が漏れて、それにどきどきして、色々見失いかけている私も、まあ、ここには居るんだ。ええと、それはしょうがないです、すきなんだから。
だけどわかってほしいのはそういうこと。そういうことなんだよ、リーネちゃん。結構いけないことしてる気がするんだけど、それでも離れたりしないのは、おんなじ気持ちだから、っていう解釈でも、いいですか。


「あのね、リーネちゃん」

「ぅんっ……な、なに……?」

こんなに近くだと、多分私がちょっと喋るだけで、それだけでリーネちゃんの耳に微かな吐息がかかって、そのたびぴくん、ぴくんと縮こまった肩が跳ねるのが分かる。
それでも一生懸命私の話を聞こうとしてくれるのは、いい子だからなのかな、それとも。私は悪い子だから、ストレートには聞かない。
頭の中だけで、そっと質問。ねえ、リーネちゃん、さっきまで抱きしめてた言葉と、今私が、真っ赤にふるえる耳元で囁く言葉と。


ねえ、リーネちゃんがすきなのは、どっち?




「……好きになるなら、私にしてほしいな」


だって私が、紙の上に並んだ文字なんかじゃなくって、そこに並んでる言葉を全部直接リーネちゃんに言える私がさ、ここに、居るんだよ。
自分の手紙に嫉妬するなんて、馬鹿馬鹿しいかもしれないけど、あんなすてきな笑顔なら、直接私に、向けて欲しい。
そんな気持ちを込めて、私はぎゅっとリーネちゃんを、すっかり呆けているだいすきなひとを抱きしめて、まだ微かに震えてそうな肩に、頭をあずける。

そうして、息を吸って吐くくらいの時間の後、リーネちゃんの腕は、そっと私の背中に、あった。
あったかくて、やさしい手だった。


リーネちゃんが、傍に居た。




どのくらいそうしていたかはわからない、なんてったってリーネちゃんのふっかふかなむ――もとい、腕の中だもの、時間なんてあってないようなものだ。
よく私にしてくれるように、私の随分と元気な癖を持っている髪をそっと撫でてくれるリーネちゃんは、その間ずっと黙っていた。どんな顔をしていたかは分からない。私は顔を上げてなかったから。
背中がやけにぽかぽかしているのはきっと太陽のせいで、体中がほんわかと熱いのは太陽みたいな色で笑うこの子のせい。

リーネちゃんはいつもの手つきでずっと黙って頭を撫でてくれるだけだったから、私の言ったことを理解してくれたかどうかは、わからない。なんだか上手く伝わってないような気もする。
自分でだってちょっとわけがわからないことを言ってるなって思うよ、でももやもやしちゃったんだもん、仕方が無い。私はいい子なんかではないし、そう理性に基づいた判断ってやつができるわけじゃないんだ。
そんなの身についてたら、呆れられるくらい胸に視線が行――もとい、軍で脱走なんてやらかしたりしないはず。ううん、ごまかせてないかも、まあ、いいか。


「んっと……芳佳ちゃん」

「え、あわ、な、なにっ?」


そうして、すっかり慰められているモードだった私は、突然掛かった躊躇いがちな声にちょっと大仰に驚いてしまった。
頭を撫でてくれていたリーネちゃんの手がふっと離れて、導かれるように私は顔を上げる。彷徨ったやさしい手は、なんだかひどく一生懸命に、きゅっと握られていた。
なんと、リーネちゃんの顔はまだ赤かった。どのくらいかわからないなんて言ってもそれなりの時間は経っていたから、そろそろ落ち着いたかと思ってたんだけど。

けれども私はすぐにそれが間違ってたってわかるんだ、だってリーネちゃんの顔は、「まだ」赤かったわけじゃなくって。


「……わたしは、芳佳ちゃんが、すき。」


多分、私に向かってちゅっとそんな言葉を送る勇気のために、あの子のほっぺは、私のだいすきなさくらいろに染まっていたのだ。



 

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