「インステップ・キック」 




 成績優秀品行方正容姿端麗独立独歩、最後だけなんかおかしい気がすんな、でもあいつを言い表すならちょうどそんな言葉がいいらしい。らしいってのはつまり人伝ってことであって、国語の定期テストで開校以来の連続欠点記録をたたき出したアタシが、んな難しい言葉をぽんぽこ思いつくはずもなかったって話である。いや、まぁ、アタシの話はいいんだ。アタシの性質を言い表すなら、奴のように四字熟語を三つも四つも重ねる必要はねえ。不良の落ちこぼれ、それだけだからさ――おい話ずれてんじゃねえか、違うんだって。つまり、その成績優秀、ああめんどくせぇ、だからそう、平実の話だ。ヘイジツじゃねえよ、あいつの頭ん中はいつも平日っぽいけどな。土日も学校出てきてお勉強してるらしいし。偉いね、全く。
 じゃなくて、タイラマコトだ。漢字で書くと平実。なんつー勢いのあるっつーか、潔いっつーか、最初に見たら普通驚く。まず苗字が凄い。平だよ、今の時代に。武士みてぇでやんの、カッコいいね。平清盛は好きじゃないけどさ。おっさんじゃん。因みに源平の争乱くらいならアタシでも知っている、つーかアタシの唯一の得意教科は日本史だ。まぁ、アタシの得意なんざあいつにとっちゃ得意のうちに入らないんだけどよ。それほど奴はトップクラスに成績が良くって、末は博士か大臣かってひっでぇ古い言葉を歴史教師がにまにましながら言っていた。頭の中まで古くなるんかね、歴史なんてやってっと。

 でもそいつはそんな言葉を、涼しい顔して受け流していた。もっと言うと、奴は全てを受け流して生きていたように見える。見えるってアタシそんなに平のこと見てたわけじゃないんだけどな。ただ姓名にまずびっくりして、苗字に感心して、そして名前に憧れたってだけ。いいじゃん、実ると書いてマコト。これまたカッコいいじゃん、羨ましいね。実梨と書いてミノリなんつー植物みてぇなアタシとは大違いだ。だが、そんなアタシの興味なんざあっという間に突っぱねるような性質を、奴は持っていた。
 つまりだ、奴はクラスメートに話しかけられようが、教師から呼び出されようが、涼しい顔で応対して、必要最低限もいいとこなやりとりを交わして、何時ものように自分の席に戻って、なにやら小難しいタイトルの本を広げていたんだった。あそこまで人間と関わることなく時間を過ごせるものかと、逆にそっちに感心してしまう。といっても特に害があるわけでもなし、必要最低限とはいえ礼儀正しく優しい立ち居振る舞いだから、クラスの誰も、多分学校の誰も、平を嫌いだっては言わないだろうと思われる。美人は得ってやつなのかもしれないし、そこはそれ、誠実清潔な雰囲気がそうさせるのかもしれないし。
 だけど、そう、だから独立独歩なのだ、平はいつも、いつも一人で、涼しい顔して生きていた。爆発的な成績をたたき出し、話しかけられれば柔らかい微笑で返し、そしてまた、ひとり席に戻って小難しい本を広げる、奴の生活サイクルといったらこれくらいで話が済む。名は体を表すだねえ、なんてアタシに四字熟語をガンガン教えた友人は言ったが、その言葉には酷く共感できた。
 なんたって、平はほんとに武士みてぇな人間だったしな。

 で、まぁ、なんでアタシがこんな唐突に平の話をし始めたかというと、つーか、なんでこいつのことをこんなに知っているのかというと、多分、クラスの奴らよりこいつと居る時間がちょっとだけ長いからだ。平は誰かと共に居るとかはしない奴なので、クラスの人間が曲がりなりにも――例え風景としてでも、だ――平と時間を過ごすってのは、始業から終業の間だけ。しかし、アタシはちょっと違っていた。

「まーた残ってやがる……はー、熱心だねえ」

 そうひとりごちて、額から流れ落ちてくる汗を拭った。手がどろどろしてるもんだから、あんまり意味がねえ。泥が目に入って逆に痛ぇ。馬鹿らしい。時刻は八時を回るか回らないかって頃合だった。そんな時間に校庭に残っているのは、野球部主将・校内丸刈りコンテスト一位の相原ではなく、ラグビー部主将・校内おにぎり食いすぎコンテスト一位の金子でもなく。じゃあ、誰かって。そりゃもちろん、女子サッカー部主将・校内怖い奴コンテスト一位のアタシだけだった。どうでもいいが新聞部の連中は意味のわからんアンケートをとりすぎである。
 八時ともなれば、九月だろうが何月だろうが暗いもんは暗い。ライトで照らされているグラウンドからは星空がよく見えるし、ゴールはよく見えねえ。練習には全く向いていない劣悪な環境だ。といっても、家に居たところでアタシが勉強なんて真似をするわけもないので、だったら残ってボールでも蹴ってたがマシ。そんな合理的な理由で、アタシは誰も居ないグラウンドで、一人千本シュートにチャレンジ中。これが毎日続くわけだから、おかげさんでシュートの技量だけなら大分上がってきた。いや別に、それだけってわけじゃねえけど。体力ならもともとあったしな、でねぇと主将なんてやってねえ。しかしボールの飛び方が綺麗で、素直すぎて逆に怖いとか顧問に言われた。悪かったね、顔に似合わず素直なボールで。でも、千本くらいは打たねぇと家帰って飯食ってバタンするにはちょうどいい時間にならねんだよ。
 で、まぁ、そのいつもの一人千本シュート練習が終わる頃には、すっかり辺りは暗くなるわけで、生徒なんざ当然みんな帰ってる。男子すら残ってねえ。職員室の電気がぱらぱらとついているかどうかってぐらいだ。

 ――いや、正確にはぐらい「だった」。



 もっと正確に言う、一人残るようになったんだ、生徒が。

 勿論それは絶賛キャンペーン中、でもねえな、まぁいいや、そんな感じの平サンである。しかしまあ、休み時間も教科書広げてるような奴だから、よっぽど勉強好きなんだろうなっては思っていたんだが。まさか放課後の、あんなとんでもねえ時間まで勉強してるとはね。その精神が恐ろしいほどの武士っぷりだ、平実。
 気がついたのは二年になってからすぐの頃で、アタシは何時ものようにパカスカボールを蹴っていて、弘法も猿が河童で、あ、何だっけか。忘れた。まあとにかくだ、偶然蹴ったボールがポストを直撃しちまったわけ。
 したらばそいつは運動法則、まあそんなんアタシわかんねぇけど、なんかそんなのに従って思いっきり曲がって、校舎の方にぶっ飛んでいったわけだ。いや、慌てたね、なんてったって暗いからさ、見失ったらただじゃ済まねぇ。ボール一個でも高ぇんだよ。我らが女子サッカー部は、部費の少なさに喘いでいます。どこもそうだけどな、んなもん。
 てなわけで急いで拾いにいったんだが、これがまた、あっさり見つかるわけだ。しかし問題はボールが見つかったかどうかという結果ではなく、その過程。

「……マジ?」

 思わずアタシの口からそんな言葉が飛び出た。なぜなら、そのボールは、薄ぼんやりとした明かりに照らし出されていたからだ。明かりの方向は上、校舎A棟二階の隅っこ。アタシたちの学校の校舎は、校庭の端にドドンと生えた感じで突っ立っているので、そりゃどっかしらの部屋の電気が点いてりゃ、校舎下に転がったボールは映し出されるだろうけど。しかしこんな時間に誰が、と思って、アタシはその明かりの方向をなんとなく見つめた。アタシからは無縁な教室、そこは図書室だった。んで中に居たのは、もう予想可能だろ。

「おいおい……武士だなぁ」

 はい、これ、アタシの感想。さっきと変わらん。なんとなく見つめた挙句見つけたのは、窓際の涼しそうな一角で、何時もみたいな涼しい顔して、なにやらペンを走らせている平だった。蛍光灯の明かりの下、そいつはこんな遅い時間まで、図書室に残って勉強していたのだ。全く、アホみてぇな模範生徒である、今までそんなの誰も見たことねえぞ。
 つーか、お前まだ二年生じゃん、一年のときんなことしてなかったじゃん、気合入れんの早くね。いくら来年受験だっつってもさ。いや、試合前でもねえのにボールと仲良ししてるアタシが言うことじゃないかもしんないが。

 ともかくそんなことがあって、でも結局何時ものようにボロ雑巾みたいになったアタシは、気力だけで足を動かし、靴箱に向かったわけだ。いくら疲れてるっつっても、スパイクで帰るわけにはいかん。ゴツゴツうるせぇし。革靴に履き替える前に、なんとなく靴を目の前にぶら下げて、見つめてみた。ご主人様に驚くほど従順なスパイクだ、なぜならこいつも立派なボロ雑巾。靴箱に入れて、他の靴と並べるのが申し訳なくなるくらいである。バレンタインあたりで困りそうな、蓋もクソもついてねぇうちの高校の靴箱だから、アタシのがぼろぼろなのは笑っちゃうほど一目瞭然。
 んで、さらにそれを助長しちまうのが、隣の奴の学校指定室外用スニーカー。毎日洗ってるんですかどころの話ではない、昨日買ったんですかレベルに綺麗な靴。言うまでもなく持ち主はあの武士っ娘。シラカワミノリとタイラマコトの間に誰も挟まれなかったせいで、オマケにうちの学校の靴箱が名前順の横並びだったせいで、アタシの無残なスパイクは、毎日平のお隣だ。比較対象があると、憐れなことこの上ない。世の中のスガワラさんやスズキさんは一体何をしているというんだろう。スズキなんざうちの学年だけでも四人いるっつーのに。しかし綺麗過ぎる靴は、ちょっと綺麗過ぎて、なんだか生活感がない。ぼんやりと、あいつちゃんと生きてんのかね、なんて考えちまって、そこまでアホかアタシはと頭を振る。

 いやいや、とっとと履き替えろよ、靴――なんて思って革靴を掴もうとした瞬間、手がぶつかった。

「おわっ!?」
「えっ?」

 危機感丸出しの悲鳴、いや悲鳴とか可愛いもんじゃねえな、まぁそんなんがアタシ。で、お前もっと驚けよって感じの落ち着いた声が平。
 こんなことで悲鳴たぁ情けねぇ、不良失格だなアタシ、っていうかでも、普通驚くだろ!

「お、おま、おま、おまっ……」
「え、あ、うん、お腹すいたね」
「おまんまとか言うかよっ、どんだけ前時代的なんだアタシは! つーかこの場面でそりゃねえだろ!」
「……何ならあるの?」

 不思議そうに首を傾げている平。なんとなく仕草が幼くて、何時もの澄ました雰囲気に似合わない。そしてこいつはアレか、空気とか読めないタイプなのか。あとちょっと天然でも入ってんのか。よくアタシも見抜けたものである。その頭の回転、もっといい使い方をしてくれんものかな。と脳と会議しかけたが、いや、違うって。

「いや、違ぇ! 何がって全部違ぇ! お前っ……お前、いつからいたんだよ!?」
「いつって、さっき。そろそろ帰らないといけないから」
「ああ、そうなのか、もう八時だしな……って、待て、さっきだと?」
「うん。あ、白河さんよりはあとだよ」
「……は、はぁ?」

 なんなんだこいつは。さっきって、気配の一つもしなかったぞ。気がついたらぬっと横から手が伸びてきたんだよ。じゃねえとアタシが声なんざ上げるわけがねえ。いや、「ぬっと」って形容の似合う手じゃなかったけど。そりゃもちろんさ、ちっちゃくて白い、女子高生らしい手だったさ。汚れを知らなそうな、綺麗な。多分つついたらやわっこいんだろうな、とか、まあそんな話じゃ、ねぇんだけども。しかしこいつ、本気で武士なんじゃねえの、いっそ気配とか殺せるんじゃねえの。歩き方は普段からすり足ですってか。寧ろ怖いなそれは。ええい武士ネタはもういいでござるよ。
 それよか、なんだかんだ履き替えて二人して靴箱出たはいいが、会話が続いてねえって。雰囲気重いって。おい、お前こっち方向なのかよ。知らなかったよ、アタシと平ってもしかしなくても近所か。こちとら賑々しいだけが取り柄みたいな連中と、年がら年中つるんでるもんだから、沈黙なんざ耐えられん。なにかないか、会話会話会話。平にも通用するような会話。

 ――今考えてみれば、なんであんなに必死だったんだろうね、アタシ。笑っちまうくらいに一生懸命考えたさ、何かこいつに掛ける言葉はないかって。


「……図書室、毎日?」

 いやまぁ、搾り出されたのは、情けないことこの上ない、言葉にもならねえ言葉だったんだがね。アタシはロボットかってんだ。何を単語で話してるんだよ。しかも若干片言じゃねえか。平超不思議そうな目してるよ。なんだよ、悪いかよ、不良が優等生と会話しちゃいけねえのかよ! そして何をアタシは一人で卑屈になってんだよ、恋する乙女か馬鹿野郎! 野郎じゃねぇけど!

「……うん。二年生になってからは、毎日かな」
「へー、大変だなぁ。こんなに遅くまでかよ。危なくね?」
「そう? でも、先生がこの時間までは開けるからって」
「先生が……ってぇと、教師に言われてやってんのか?」
「え? あ、強制ってわけじゃないけど……勧められたから」
「期待されてんだなぁ」

 お、結構やれるじゃんアタシ。鍵カッコ六つ分も会話続いてるぞ。よしよし。稀ってわけじゃないが、最低限主義な平相手で、普段じゃ曇天ソーラーカーみたいな頭脳回転しか持ってないアタシにしちゃ、健闘した方だと思うね。アタシがアタシに拍手だ。

「……白河さんは? サッカー?」
「おう。あ、悪ぃ、汗臭ぇか、アタシ?」
「ううん。頑張ってるんだね、こんな時間まで」
「まぁな。アタシ、勉強できねえし、サッカーは好きだし。家帰ってうだうだするよか、技磨いたがマシだろ」
 
 って、まぁ、嫌なことから逃げてるだけの理論かもしんないけど。そして多分、アタシのそういう甘えなんざ、こいつはあっさり見破ってしまうんだろう。無意味にそんなことを考える。どうでもいいけど平の歩く速度はちょっと速かった。ちっこい身体してんのに、アタシより20はタッパないくせに、ともすれば置いていかれそうになる。女子にしちゃガタイのいいアタシ――因みに175前後だ、詳しいのは覚えてねえ――を差し置いて、平はすいすい歩いてった。まるでアタシのことなんざ景色としか見てないんじゃねえの、とか思ったりしたが、それは違うらしい。だってそう思える一言が、前からぽんと飛んできた。言葉は相手に向かって伝えるものだと言うが、それは多分、飛んできた、が正しい。唐突だったって言葉に言い換えてもいい。

「そっか、白河さん、サッカー好きなんだね」

 ぽつりと平はそう言った。んで、なんでだかはわからんが、アタシはそのときだけ、平の言葉の温度が、違うことに気がついた。
 言葉に温度があるのかよ、なんて、野暮なところには突っ込むな。アタシだってわかんねぇよ、でもそう思えたんだよ。平はいっつも優しい調子で話すけど、その言葉はどこか冷たくて、どこか霞んでいるような、壁の向こうから響いてくるような気が、アタシにはしていた。そんなん、アタシだけだったかもしれないが。けど、そのときの一言だけは違ったんだ。飛んできた平の言葉は、なんかちょっとだけ弾んでいて、なんかちょっとだけあたたかくって。
 ああ、こいつってこういう呼吸してんだな、なんて、馬鹿馬鹿しくもアタシは、そんなことを思っていた。



 そうして知り合ったのが四月で、今は九月だから……あれ、考えてみりゃもう半年近くになんのかよ。驚きだね。時の流れは速いなぁなんて言い出すとババ臭くて嫌になるが、重ねた時間には間違いがない、嘘もない、ただの事実の堆積。
 温度があんのはたまーにだけで、なんとなーく会話を交わすアタシ達は、それでも五ヶ月間毎日一緒に帰っていた。間違えてもらっちゃ困るんだが、アタシ達は別段仲がいいとかそういうんではない。話は合わねぇし、違う世界に生きてる人間だっつってもおかしくはないだろう。けど仕方ねんだよ、だって学校に二人しかいないんだ、そいで帰る時間も同じ頃合い、さらには方向まで同じとくりゃ、仲でも悪くない限り、一緒に歩きはするさ。
 それに、思ったほど平はつまらない奴じゃない。寧ろ面白い奴だ。頭がいいと話が面白いってのは本当だね。相も変わらず続かない会話ではあったが、仄かに温度が生まれる瞬間が、少しずつ少しずつ増えてきた。アタシの話す、多分奴にとっちゃ異次元みてぇな話を、すまし顔でなく不思議そうな顔で聞くようになってきた。相槌の回数が増えてきたってのも、多分変化の一つだろう。重ねて、平はアタシにとって、少々お役立ちキャラだったのだ。

「平ぁ! 数学だ、数学のプリントを見せろ!」
「え、いいけど……昨日も見せたよね?」
「いいから黙ってそれを渡せ……って、待て、おい、一行目から書いてることが意味不明だぞ」
「それは……導関数使ったほうが速そうだったから」
「……よーしこっちに来い平。残念ながら導関数って言葉はアタシの記憶にはねえ。イチから教えろ」
「ま、また……? 私この間ベクトル教えたばっかりだし、今度は他の人に聞いたほうが……ほら、教え方偏っちゃうかもしれないし……」
「ちょっと待って! 白河ちゃんにモノ教えられるレベルの人って多分平さんだけだと思うからそんなこと言わないで!」
「お願いだよ平さん、うちのクラスの平均を救って!」
「待ててめぇら、誰が至上最バカだ」
「いや言ってないし! 自分で言うなら自覚してるんでしょ実梨!」
「自覚してるならもう少し直してください!」
「だぁから今直そうとしてんじゃねえか!」
「あ、あの、もういいよ、説明始めるから、ね……?」

 なんだかんだ言いつつも、こいつは本当に完璧に教えてしまえるから不思議だ。マンツーマンなせいか、催眠術にしか聞こえねぇ教師の授業より千倍はよくわかる。おかげさんで、全教科赤点とかいういっそオイしい点数しか取ってなかったアタシは、どうやら留年を免れそうだったのだ。提出物もご覧の通り、平サマサマな状態。そりゃ書いてある回答は平の素晴らしい脳味噌からたたき出されたものなので、わりとしょっちゅうアタシには理解不能だが、その度にぽそぽそ解説を入れてくれるので、これまたためになるのだ。

「えーっと……おっ、わかった気がするぞ!」
「そう? じゃあ、(3)からは自分で……」
「待て、こうやって……こうなるから……これでどうだ!」
「……うん、えーっと……もう一回説明、するね?」
「え、違うのかよ!?」

 ええと、いや、まぁ、進歩っぷりが果てしなく亀、寧ろカタツムリなのはアタシの頭の出来が悪ぃからなんだけど。決して平のせいではないのだ。
 しかしこいつは、冷たいっつーか無関心っつーか、そういう冷徹美人キャラかと思えば、案外と見放すこともなく、大体こんな感じでアタシの面倒をずっと見てくれていた。相当忍耐強くなくちゃ、覚えの悪さに匙でも投げそうなもんなのに、である。ときに、自分の頭について語るほど哀しいことはねぇな。ほんと、平もアタシも同じ人間だっつーのに、何がそこまで違うんだか。
 あ、でも、借りっぱなしってわけじゃないんだぞ、アタシだってたまーに平になんかしてやったりするんだって。いや、すっげぇ小っせーことだよ、でもさ、なんつーのかな……不良は義理堅ぇって相場が決まってんだよ、そういうことにしとけ。だから、何の話って、アタシがこうして平と話すようになって、ひたすら勉強を助けてもらうようになって、んで日々が過ぎていくうちに、一個決めたことがあったんだ。

「うおーい、平ぁ!」 

 そういうわけで、本日も少々周りに迷惑な声量で、アタシは、グラウンドから三階教室に向かって叫ぶのだ。因みに今、部活中。紅白戦真っ最中。でも周りの目とかは気にしねぇ。気にしねぇ気概があっから不良なんてやってんだよ。いや、見ててもアタシがそっち見たら殆どが目逸らすけどな。校内怖い奴ナンバーワンをナメてはいけない。眼光だけで五人は殺れるとかぬかしてやがったのは、どこのどいつだっけか。その一瞬後にはアタシのハイキックによって顔の形が変わっていたので、まぁ思い出せるはずもないわな。そんな感じで所構わず叫びかけてんのは、三階の端っこにある二年C組、その窓側前から三番目って席に、便秘になるんじゃねえのってくらいずーっと座ってる、ご存知、平実に向かってである。
 アタシのデカさだけならたいしたもんな声は、しっかり奴の集中半端ねぇ耳にもどうにか届いたらしく、平はふっと、分厚い問題集から目を上げた。一瞬教室の中を見渡して、でもアタシはそこに居なくて、だから平は窓から顔を覗かせて、おずおずとグラウンドを見下ろす。手を振るキャラじゃねえしな、と思っていたらちょうどよくボールが飛んできたので、あいつに良く見えるように、無駄に高くジャンプしてトラップ。おっ、気付いたみたいだな、窓辺のガリ勉。慌てて追いかけてきた紅白戦の敵選手は、アタシが誰に向かってものを言っているかの方が気になったらしく、すげぇ簡単に抜かせてくれちゃったりして。やりぃ。平サンキュ。

「あのな、ちょっと手ぇ休めて見てろ!! あいつら全部抜いてゴール!」

 少々無理難題であったりしたというか、んなもんサッカーのチームプレイとかそういうの全部無視したとんでもねぇ行為なんだが、呆然としてる表情の平に踵を返して、アタシはつまり、ドリブルスタートしてしまったのだ。

「ちょ、止めろ止めろ!」
「カバー入って! っそー、ナメんなよ実梨ぃ!!」

 敵チームの慌てた声がかかる。が、妙に身体が軽いわけで、ちょこまかしたドリブルが苦手なアタシは、無駄にでけぇモーションで、それでも一人ひとり交わしてく。ゴールが近い。ゴールが近い、あとちょい、キーパー慌てた、今だ、おりゃ!
 伊達に毎日毎日馬鹿みてぇにボール蹴ってるわけじゃない、素直回転、但し触れたら火傷必須なボールは綺麗な弧を描いて、ライトセーバーとか意味のわからんあだ名――因みにアタシは暴発キッカー、せめて爆発にしろ――で呼ばれている副部長キーパーの指先を掠めて。
 そして、ボールはパシュっと心地よい音を立てて、ネットに突き刺さった。

「うしゃー! どうだ、このぉ!」
「いやいやどうだじゃないっしょ実梨、パスちょうだいよパス」
「つーか誰に向かって話しかけてんの、あんた」

 なんだかんだ零している部員達を横目に、アタシはもう一度、真っ直ぐ教室のほうを見た。平と目が合った、ような気がした。正確なとこは知らねぇよ、結構遠いしな。でも、はっきりとわかったのは、あいつがちゃんと見てたってこと。その後微かに笑っていたように見えたのは、どうかね。本当のことだったら、いいと思うんだけど。
  つまりアタシが決めたことってのは、机でお勉強にいそしむ平を邪魔――じゃねえといいな、平を、少しだけ、外に連れてってやろうって思ったんだ。連れてくっつっても手ぇ引っ張ってグランドに連れ出すわけじゃねえよ、んなことしたら確実に邪魔だ。しかもなんかあいつ、日に当たったら消えそうな身体してんだよなぁ。黒豆みてぇに日焼けしたアタシとは大違いに、細っこくて真っ白なもんだからさ。大体、外ってのは別に、えーっと、なんだ、アウト、ええと、あ、あうとさいど、で当たってるか、平――っていう意味だけじゃねえ。
 もっとこう、例えば部活とか、例えばクラスメートのくっだらねぇ話題とか、なんかそういうのだ。アタシは勉強ができねぇ。だから、その件について平にしてやれることはねえ。他の件で何かしてやるしかねえだろ。単純思考、いいじゃん、わかりやすくってさ。単純に考えて、んで、アタシは、こうして話しかけたり、馬鹿みてぇなこと提案したりして、できるだけ、平の中に、温度を生んでやりたいって思ったんだよ。
 だってさ、あいつ、意外とあったかい顔、するんだぜ。勿体無いじゃん、いっつも冷たくて、澄ました、そんな表情ばっかしてたらさ。元がいいくせにそういうことするからモテねぇんだよ。いやモテてんのかな、まあ知らねぇけど。

 なんでんなことしたいのかって考えっと、実はそこんとこだが、アタシにもよくわからない。頭が悪いとここが辛い。なんで自分がんなことしてんのかがまったくわからん。帰りのあれがなければ、アタシと平なんざ、お日様とスリッパレベルに違う世界に住んでたっていうのに、だ。ただ、でもまぁいいんじゃねえの、とは、最近思うようにもなってきた。たまーに、たまーにでいいよ、あいつがさ、いつものすまし顔じゃなくて、ふっと笑ったりすっと、ちょっといいじゃん、なんか。アタシもなかなかやるね、なんて、こっちまで満足できるし。だから、難しいことは一旦余所において。そもそもアタシに似合わないんだ、考え事とかは。だから別にいんじゃね、って、まぁ、アタシは思っていたわけだ。


 ああ――おめでたいね、まったく。


 実際のとこ、ちょっと考えりゃわかることだったんだ。つって、ちょっと考えるだけの脳味噌がアタシにありゃ、再テストのたんびに同じ漢字十回も二十回も練習なんざしてねぇ。つまり、そのちょっと考えるだけの脳味噌がなかったアタシは、なーんにも気付いちゃいなかった。温度とかいって、わかってるふりして、あいつのことを少しでもわかっているような気がして。あいつの近くにちょっとだけいるような気がして。そのくせ、あいつのこと、何一つ見ちゃいなかった。例えばさ、あいつが自分からアタシに向かって話しかけたことなんて、本当は一回もなかったってのに。
 そんな小さな矛盾は、重なって重なって、そのうち、どうにもならないことになって、馬鹿なアタシに向かって突きつけられたわけだ。水がたっぷり溜まった容れものに空いた、小さな小さな穴は、いつしか大きな流れを作り出す。気がついた頃には、もう、流れ出るのを止めることは出来ない。物事とは得てしてそういうものだねえ、なんて、例の四字熟語の友人は、アタシに向かって言ってのけたのだった。




 そいで、とうとうアタシに事実が突きつけられたのは、金曜日のことだった。

 授業中の板書がうっかり正解しちまったせいか――五分前に平に教わったばかりのとこだった――それとも試合のおかげで次の日にある模試が免除になったせいか、若しくは悪友達からの励まし、というよりは背中を蹴って押すみたいな応援のせいか、その日のアタシはやたらと機嫌がよかった。で、機嫌のいいアタシは、機嫌のいいまんまに、いつもの帰り道で、こんなことを平に話したのだ。

「そういや、平、お前がいっつも読んでる本だけどな」
「え?」
「あー、タイトルど忘れした……つーかあんな難しいタイトルアタシにゃ覚えらんねえな、うん。じゃなくてだ、あれお前、五巻までしか持ってねぇんだろ?」
「うん……近所の本屋に、そこまでしか売ってなかったから」
「だよな。んで、あれな、こないだ見つけたぞ。えーっと……確か、駅前の方。六巻」
「ほんとに? そっか、駅前……行ったことなかったな」
「はぁ!? おいおいおいおい、なんつーことだよ平サン、駅前でラーメンくらい食えよ、女子高生だろが!」
「ラーメンは……どっちかっていうと、会社帰りのおじさんだよね……」
「そこで上手い切り返しは求めてねぇし!」

 流石は武士、自分の領地(まぁここで言う近所だ)を護りきっている。拙者、奉公に生きるでござるってか。や、単に時間が勿体無いから外に出ねぇとか、そんなんだろうけど。でもそれでは、せっかく柄でも無ぇのにスポーツ誌以外のとこを覗いた甲斐が無い。というわけで、アタシは続けて提案してみる。提案、って程のことでもないけど、こんなこと。

「なんだ、じゃあ今度連れてってやっから……あ、そうだ、お前明日の試合見に来いよ」
「え?」
「模試の後。空いてんだろ? 中央の競技場でやってっから。確かうちのクラス、結構見に来るし。誰かにくっついて来い、試合終わったらまんま駅前行きゃいい。それだと近いだろ」

「……明日?」

 明日は我らが女子サッカー部、世代交代後初の試合である。これが結構重要な試合で、その為に放課後だって昼だって朝だって、一応汗水垂らして練習してきた。その本番が明日で、おかげさんでアタシたちは、明日の土曜日学校で行われる校外模試を休むんだった。んで、模試は午前のみで終了するから、午後フリーになったクラスの奴らが、しょうがないから来てやるとかなんとか言いながらも、応援しに来るって寸法だ。だったら平が来たって、特に不思議じゃない。それに、なんといっても午後からは身体が空くし、そうすりゃ試合後駅前の本屋で、望みのものも手に入るわけだ。
 なんとなーくアタシに偏った理論に見えるんだとしたら、まぁ、そりゃ気のせいじゃねえよ。見に来て欲しいってのも無きにしも非ず、寧ろほんとはそっちの方がデケェ。本は口実探しのために探しに行った確信犯だ。でも、これでも頭ひねって考えたんだよ、平を外に連れだそうってさ。
 って、まあアタシは半ば、平が首を縦に振るだろうってことを、どっからくるのかはなはだ不思議な自信を以って、全く疑ってはいなかったのだが。


「あぁ……ううん、ごめんね」


 返答はアタシの予想通りでもなんでもなかった、因みに首を横に振られたわけでもない。まるで吐息のような、そんな自然な言葉で、アタシの提案はあっさりと突き放されたのだ。言いながら平は薄く微笑んでいて、それは何時もの人当たりのいい、澄ました微笑だったのに。
 どうしてだろう、それは恐ろしく、冷たく見えた。

「……は? え、いや……空いてるだろ、模試の後」
「ん、えっと、私、土曜も勉強してるんだ、施錠まで」
「勉強、って……いや知ってっけど、別にそれ、強制されてるわけじゃないんだろ? 大体、本はどうすんだよ! どうせお前、でっかい本屋とか行ったことないだろが。絶対迷子になるぞ!」

 何言ってんだ、アホかアタシは。平が迷子になるわけがねえ。アタシは店内案内図があったにも関わらず二時間も本を求めてうろついたが、こいつだったらあれ見て一発だ。ああ、そんなことわかってるさ、んなことアタシが一番良く知ってるさ、でも、黙るわけにも、いかねえんだよ。嫌な汗がゆっくりと、背中を流れ落ちていく。
 奇妙な、焦りのような想いがアタシの中をぐるぐる回っていて、平の涼しい声がどこか遠く感じられる。もしそれが焦りなのだとしたら、アタシは最初から、心のどっかでわかってたのかもしんねぇな、なんて、今なら思うね。その焦りは、ああやっぱりこいつはアタシに近づいてきてなんかなかったんじゃないかって、そうじゃないのかって、そういう焦りだから。

 なあアタシはさ、気がつかない振りをして目をそらしてきたんじゃないか。
 たまに見せる温度のある言葉が、たまに見せる笑顔が心地よくて、そういうのに酔ってたアタシは、本当のことなんて何一つ見えてなかったんじゃないか。そんな、禅問答みてぇな問いかけが、んな似合いもしねぇ高尚な問いかけが、珍しく頭の中をぐるんぐるん回っていた。もともと、考え込むのは似合わないってのに。
 それでも平の落ち着いた、涼しい声は、混乱した頭に追い討ちを掛けていく。

「本は……またいつか時間見つけて、自分で買うよ」

 あ、またそんな顔で笑いやがる。眼が全然笑ってないんだよ阿呆。なぁ、分からないと思ったのかよ、アタシが他の奴らみたいに、お前のその笑顔に騙されると思ったのかよ。違うだろ、もっといい顔で笑えるんだよお前は、もっと優しい声で話せるんだよお前は、そういうの、ちょっとずつちょっとずつ、見せてくれるようになっただろ。感謝してるしお前のことアタシは面白いやつだと思ってる、アタシみたいな落ちこぼれの不良とも、ちゃんと口を利けるような優しいやつだと思ってる。
 でもさ、たまに思うんだよ。あのさ、お前さ。

「あ、でも、頑張ってね、サッカー。いい結果になるといいね」

 ――お前さ、寂しかったりとか、しないのかよ?



「平……勉強なんてさ、お前いっつもしてんじゃん……明日くらい、ちょっと休んだっていいだろ?」

 アタシは、無意識のうちに手を伸ばして、平の華奢な肩を掴んでいた。でっかくて無骨なアタシの手の中に、それはすっぽり収まる。体幹なんてまるでなっちゃいねえ平の身体が、二三歩後ろによろけた。なのにそんなの構いもしないで、アタシはぐいぐい平を追い詰める。

「お前頭いいんだしさ……そんな、なんつーか、さ……」

 ちょっと待て、なんでアタシの声は震えてるんだ。なんでアタシ……おい待てよ、手まで震えてるじゃねえか。わけわかんねぇ。わけわかんねぇのに、そのわけわかんねぇのはどんどんこみ上げてきて、腹の底から胸、胸から喉、喉から脳まで這い上がってきやがった。胸が詰まって息が苦しい、喉が詰まって何も言えない、頭が詰まって痛くて重い。平に言いたい一言が、こいつに伝えたい事が、もうここまで出かかってるってのに。
 しかし、アタシがモゴモゴしている間に、平はすっとアタシの、肩を掴んでいた手に自分のそれを乗せた、いや、乗せたんじゃない、掴んだんだ。掴んで、平はそれを、払い落とす。ぱたりと、払い落とす。

「……痛いよ、白河さん。」

 そう言った平は薄く笑っていて、薄く笑っているような表情を浮かべていて。アタシの手を払い落としたことで自由になった平は、後ろに下がった。平の距離のとり方は絶妙だった、何が絶妙って、それはさ。顔を上げれば、すぐ近くに居るように見えるのに。手を伸ばしても、きっと届きそうになくて。必死に踏み込んでも、ぶつかれそうになくて。両手を広げても、捕まえることすらできないような。
 そんな、絶妙な、ライン。

 どういうわけだか言葉の出てこなかったアタシだったが、そう思った瞬間に、ああこいつとアタシの間にはラインがあるって思った瞬間に、身体がかあっと熱くなった。心地よい温度なんかじゃねえ、平がほんとに笑ったときに生まれる、ほわっとした温度なんかじゃ絶対ねえ。気味の悪い、煮えたぎったどろっとした何かが、体中を駆け巡ってる気分。

「て……めぇ」

 その熱い何かのせいで喉はひりついていて、言葉はそれしか搾り出せなかった。代わりにアタシはどうしたかというと、非常にアタシらしい方法を、取ったのだ。ああそうだよ、アタシは元々こんな乱暴者だよ。
 でも、パシン、と酷くいい音をさせて叩いた右手が、こんなに痛いのは初めてだったさ。

「…………」

 じわじわ紅く染まる頬に、平は手を当てることもしなかった。ただぶたれた勢いで右下を向いたままで、黙って黙って、佇んでいた。けどそれがえらく長い時間のように思えたのは錯覚で、平はすぐに体勢を立て直す。

「待て、平、お前……ふざけんなよ……ナメてんじゃねぇぞ、コラ」
「…………」
「それでいいのかよ……お前、ほんとにそれで……ああ、ちくしょう、なんだよ、くそぉ!!」
「…………」
 
 いっそ殴り返してくれば話も早かっただろうに、平はそれすらしなかった。真っ赤に染まる左頬を気にも留めていないような、涼しい顔をしていた。アタシはその目の前で、やたらとカッコ悪い喧嘩を吹っかけている。言いたいことはたくさんあるのに言葉が出てこねぇなんて、情けないことこの上ない想いのままに、誰にも拾ってもらえない喧嘩腰。せめて誰かにぶつかっていれば、虚しくもなかったのに。

「白河さん」
「あぁ!?」

「もう、帰っていい?」

 帰ってきたのはやっぱり、壁一枚隔てたような返答で、それはとても涼しい声で、いや、涼しい声じゃないな、多分。形容が、正しくねぇ。それは、何もかもを突き放してきた平にしか出せない、驚くほど冷たい声だったんだ。

 アタシに何か答えられるはずも無く、そして平がアタシの答えを待つはずも無く、奴は暗い夜道に姿を消した。細っこくて弱々しい背中が、ガンガン遠くなっていって。それが少しだけ滲んで見えたのは、思い違いにしておいて欲しい。アタシがアタシにそう言い訳する。平は終始ニコニコ笑っていた、それは本当だ。なのにそれは、憎しみを込めた表情よりも、怒りに燃えた表情よりも何よりも、その平の微笑は、何も寄せ付けない、何もかもを弾き飛ばす、どこまでも冷たい表情だった。そんな顔があったことを、アタシはふっと思い出した。なぜならそれは、あいつが良く浮かべていた表情だったから。平は何時もそんな顔をして、いつも一人で立っていて。
 でもアタシは、アタシはさ、えっと、なんだっけ。

 喉元まで出掛かっていた言葉は、あいつに伝えたかった何かは、アタシの声みたいに、アタシの手みたいに、震えて小さくなって、どうやら消えてしまったみたいだった。どこかすっきりとした喉元は、すっきりとしたはずなのに、虚しくてたまらない。わかったのはわかっていたことだったんじゃないか、っていう問いかけを皮切りに、最後の問いかけが、アタシの中にふっと浮かんだ。 

「……あぁ、くそ」


――なあ、アタシは一体、今まで何を見てきたんだっけ。






 

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