「優しい優しい、嘘。-最強の素直-」

どんなにバカバカしいとかそんなことって笑われるようなことだとしたって、本人にとって重大な問題だったのなら、それは立派な悩みってことになるのだ。
だいたいこういう時期なんてみんな端から見たらなんかしらバカバカしいことに悩んでるよ、ちょっと前の私だってそうだったんだもん、青春時代ってきっとそんなものだ。
青春時代にさんざした恥ずかしい思いはおっちゃんおばちゃんになってからの成功より尊いとか、なんか偉いひともそんなこと言ってた気がするし。


「だぁーかーらっ、私にとってはもうちょおお重大問題なんですってば、っていうか由良さんにだってそういううれしはずかしな時期があったはずっ!」

「一緒にすんな……そして近い、離れろ、馬鹿がうつる」

「私みたいな年齢の子はみんなこんなことで馬鹿みたいに悩んでますって、みんな馬鹿ですって!」

「じゃああんたのツレも馬鹿か」

「ちょっとるーちゃんのこと馬鹿呼ばわりしたらいくら由良さんといえど許しませんよっ!?」

「……訂正、あんたが二人分馬鹿だからあいつは馬鹿じゃないな」


よくもまあそこまでってくらい盛大なため息をついてくれた由良さんは、なんだかとても疲れたような顔で焼きすぎたというクッキーをかじった。
話を聞いてくれる気があるんだかないんだか、居なくなってないだけましだとは思うんだけど。でも思うにこの現状は、失敗クッキーの処理に私がつきあわされているの図にだってなりうる。
ていうかこの人にとってはそれが半分以上なんだろうな、と思いながら私も一枚いただいた、相変わらずこんなぶっきらぼうな人から生み出されたとは思えないほどおいしい。
ちょっと焼き加減が気に入らなかったくらいでバイトの私と由良さんだけで食べちゃうのはもったいないくらいだ、そんな味がふわっと口の中に広がって、まあそのおかげで少し落ち着いた。
今日ものんびりひなたぼっこ中なオーナー特製ブレンドティーも一口飲んで深呼吸、それでも乙女の悩みは止まらない。


「乙女って……あんた、そんだけ桃色な思考抱えといて乙女って」

「じゃあ桃色乙女ならぴったりですか!!」

「……好き勝手ボケるのは楽しいだろうなあ、おい?」


「ボケてないです、私まじめにどーやってるーちゃんとキスしようかって悩んでるんですよっ!!」



言い放った私の超重大問題に対する由良さんの返答は、しかしさっきよりも1.5倍くらい盛大なため息だけなのであった。
しかも、肺活量すごいですねって思ったからそのまま口にしただけなのに、昔いったいなにをなさってたんですかってくらいの目つきでにらまれてしまった、すごく理不尽だ。


そりゃあいろいろ通り越してる年齢であるところの由良さんにとってはもう完全にくだらない悩みかもしれませんよ、青春のバカバカしい悩みですよ。
でも最初に言ったとおり、それだって私にとってはもう、考えに考えに考えて授業三つ分くらいの記憶がないような超重大問題なんです、脳内国会大会議中なんです。
ほんの一回だけ交わしたあまいあまい感触は、でもほとんど押しつけだったの、だってあのときの私はるーちゃんのことちゃんと見てもなかったんだから。
るーちゃんの気持ちを知りたいって自分の欲望のためにひどい嘘までついて、るーちゃん泣かして。まあ、結果的にはグッドエンディングだったから、もう良しとしてるけど。


「でもつまり、これからは私とるーちゃんでネバーエンディングストーリーをってことなんですよ、それは!」


「…………」

「まあまあ……ふふ、こんなときにぴったりな言葉、この間お客さんから聞いたのよ、由良。なんだと思う?」

「ああ……なに、ばーちゃん」

「にほんごで、おけー! でしょう?」

「……ほんとだよ」


そうして、いつの間にか中で穏やかな笑みを浮かべていたオーナー、まだまだ若い者にだってついていきまくる系おばあちゃんのチエさんは、本日最大のため息を、孫につかせたんだった。




「ちぇー、もー、相談相手失敗したよなぁ……」


とはいえバイトの時間中じゃあちっともいい収穫がなかったわけで、やっぱりこういうデリケートな問題はちゃんと一人で考えるべきなのかもしれない、というのが本日の結論だ。
なんだか巡り巡って結局同じ状態に落ち着いているような気がしたが、それは違うってとりあえず思うことにしておいた。花の十六歳皆川純、私の足は毎日止まらない。
たとえいつまで経っても目的の頂上は遠いように見えたって、私はそこに向かって一日一日近づいて行ってるんだ、そうに違いないって私は心から信じちゃう。


「ていっても……むぅ、切り開くのは自分自身で、かなっ」


道がなければ作ればいいじゃない、迷子だったらそれを正しい道にしちゃえばいいじゃない。今日の脳内国会の標語はそれで決定、隣には可愛いるーちゃん。の、イメージ映像。


ねえだって、るーちゃんのこと考えるとね、やっぱりすごく、どきどきしてね。
ぎゅってしてるだけだと足りなくなるの、子犬みたいにくりくり見上げてきて、一生懸命くっついて、へたくそに甘えてくれるるーちゃんが、だいすきで、だいすきで、だいすきなの。
おんなじ言葉をなんかいもなんかいも叫んでみたってきっとそれはこころのはじっこにもなってなくてさ、ちょっと弱気なところもあるるーちゃんには、それだと伝わんないかもで。


だから、だからね、あのとくべつな、ちょっとふるえてあつい、それがとてもいとおしいところからだったら、私の全部、うまく伝わるかなって、思ったんだ。





そんなわけで三日と少しくらいの長い長い大会議の結果私はようやく方針を決定し、有言実行がモットーであるところの脳内総理大臣の決定によって、私は放課後るーちゃんに声をかけた。


「うわー、いい匂いだね……」

「るーちゃんのもだねっ、もう匂いだけで満足しちゃいそう!」

「じゃあんたの分のケーキはいただこうか」

「由良さんなんて馬に蹴られちゃえ……!」

「え、い、いくらなんでもそれはひどいよ、純……」

「ちょぉっ!! そ、そこは私の味方しようよるーちゃん! 恋人のピンチだよ!? ケーキがないと空腹で死んじゃうかもよ私!?」

「んん、でも馬はちょっと……あ、ほら、兎とか妥当で」

「…………」

「ああんもう、ねえほら、この天然なとこがたまんなく可愛いでしょ由良さんっ」

「……やってろ」


とりあえずそんなやりとりで由良さんという障害を一つのりこえた私は、やっぱりなんだかんだ言っておいしいケーキを一口食べて元気を出す。
ここまではともかくうまくいった、呼び出しおっけー、トルテなうもおっけー、私とるーちゃんが別々の、どちらもちょっと魅力的なお茶を頼むってとこまでも、おっけー。
作戦は着々とクライマックスへ歩みを進めています、総員予想外の天然爆撃に注意しつつ、任務遂行に全力を傾けよ。CQCQ、ワレ今いざ頂上に向かわんとす。
ちょっと混乱している気がしなくもないが、大丈夫だ、問題ない。


「えっと……純?」

「ふぁいっ!? だだ大丈夫だ問題ない!!」

「……そ、そう? なんかぼーっとしてたみたいに見えたけど」

「してないしてないっ、あっ、モンブランの栗、でかっ!! おいしそうだねるーちゃん!」

「あ、うん、すごくおいしいよ」


あっ、もふもふと幸せそうにケーキをほおばるるーちゃんのかわいさに絆されないようにも注意。「千里の道も一歩から〜とりあえず間接キスからいってみよう〜」の下に赤字で書き加える。
危ない危ない、ここまではうまく行ってたんだからこの作戦は絶対成功させないと。いや、そんなに難しいことをするわけでもないのだし、大丈夫なはずだ。
三日以上という時間を費やした割に私が思いついたのは実に簡単な作戦で、キスがしたいなら間接キスからとりあえず始めてみようって、つまりはそういうこと。
カップの交換くらいだったら、ここは女の子同士っていうアドバンテージを利用するべきだ、るーちゃんだったら問題なく応じてくれるに違いない。
何事も大事なのは外堀を埋めることからなのだって確かこの間読んだ本のヘタレが言ってた気がする。いやヘタレって言っちゃダメだよね、そう、慎重派、慎重派。

猪突猛進が服着て歩いてるみたいな見方をよくされる私だけれど、これでもさ、意外と頭、使ってるんです。意外とためらったりも、するんです。
特に、ねえるーちゃん、るーちゃんのこと、だいじなんだ、私は。両手でカップを持って、中身をふうふうしてからちょっと飲んで。
おいしいねってふにゃりと笑った、そんなしあわせそうな笑顔をくずさないためなら、どんだけでっかい外堀埋めることになったって、私はかまわないよ。
ところでお茶の飲み比べを申し出るタイミングなら今しかないね、よしるーちゃん、一歩だけ、近づくね、って、私は、思って。


「あ、のさ、るーちゃん」

「そういえば、純」

「へっ……え、あ、え? な、なに?」


そして、完全に出鼻をくじかれ、思わず譲った一番手。
いつもの彼女だったら、いつものちょっと控えめなるーちゃんだったらだって、きっと辞退してたから。先にいいよって、言うはずだったから。
そこまで考える余裕が私の中になかったとしても、それなりに付き合いが長いはずの私はきっと彼女が私に先に言わせてくれるって、勇気をしぼませないで居てくれるって無意識に思ってた。

けれどそのときのるーちゃんは、かたりとカップを置いただけで、また口を、開いたのだ。
じつにじつに、めずらしい、ことに。



「ずっと……いおういおうって、思ってたん、だけど」

「う、うん……? なに、どしたの?」

「…………」



るーちゃんはちょっと黙って、だまってだまって、ちいさく息を吸って、吐いた。
ゆるゆる吐き出された、たぶん緊張の色をしていたそれは、すこしだけ、ふるえてて。
あのね、もういっかい。ちいいさなくちびるは、熱っぽくつやめいたそれは、かすかにひらいて、ことばを。



「じゅん、」

「ん……?」


「純、と……キス、したい」



まっすぐに、まっすぐに、私を打ち落としてくれる言葉を言ってくれたのであって、つまり作戦は、天然大空襲による失敗を告げた。




え、そのあとどうなったかって、ちょっと、そんなこと聞いちゃうの。そんなの決まってるでしょ、言ったよね、私とるーちゃんはネバーエンディングストーリー。
素直爆撃をたまにぶちかまするーちゃんが、キスもぎゅーもだいすきだったってことを私は知って、となるとやっぱりいけいけどんどんではある私の足は、まっすぐるーちゃんに向かったのだ。


「かーわいいんだ、もー、るーちゃんってば」

「う、だ、だって……っ、じ、じゅん、まだ、するの?」


「あ、だーめ、逃げない。るーちゃんがしたいって、いったんだから」


あいしてるとだいすきとずっといっしょにいようと、すてきな言葉をぜんぶぜんぶひっくるめて、きみとたくさん、キスをするよ!


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