「Hero -after.1-」








きみはいま何してるのかな、なんてことをいつも考えてる、とか、そういうわけじゃ、ないはずなのに。
ちょっと落ち着かない、なんて、うん、そういうのが一番近いかもしれない。ほんとは良くわかってない。正確に言い表す言葉を、私は知らない。
考えれば考えるほどわからなくなる不思議なものがそれで、答えがあるかどうかすら、はっきりとはしてない。
喉が渇いたら、水が必要なんだってわかる。息を止めたら、空気が必要なんだってわかる。言うなら少し、それに似てるのかも、なんて思ったりする。
本当は、すごくすごく大切なこと。なのに、一度やめてみないと、それが自分にとって大切な事だったって、気がつかない。気がつけない。



「……よー、ちゃん?」


呼びかけられて初めて、自分が相手の方向を見ていなかったと気がついた。
美穂ちゃんはちょっと苦笑気味に、智ちゃんは無邪気な顔に疑問符を浮かべて、私の顔を覗き込んでいる。
そんな二人の表情に気がついて、慌ててさっきまで会話していた紙の上にペンを走らせようとするけれど、勿論話の流れなんて分からない。
だけど分からないまま何かを返せるほど私は器用でもなく、悩んだ挙句結局はごめん聞いてなかった、なんてことを書くことになってしまった。
そのときになって初めて、昼休みの教室の喧噪が戻ってきたような気がして、なんとなしに頭を振った。しっかり働いて、お願いだから。

二人は文字を見て、きょとんとしたまま顔を見合わせると、何故か二人一緒に吹き出した。苦笑というか、なんだろう、くすぐったそうに笑ってる。
言葉でコミュニケーションしないせいか、人の表情が少しだけ読めるようになったらしく、そこまではわかる。でも、理由は分からなかった。
今度はこっちが疑問符を浮かべる番だったけれど、お腹でも抱えそうな勢いで爆笑し始めた二人には、どうやら理由は聞けそうにも無い。


「い、いや、ごめんごめん、けど……あっはは、もー、よーちゃんったら可愛いんだから」

「ほっ、ほん、くふふふふっ……む、むりむり、美穂っち、あたしもう無理ー!!」


ついには笑いすぎて咳き込み始めた智ちゃんの背中を慌てて叩いてみる。それにしても明るく笑う子だな、なんてことを考えた。
美穂ちゃんだってきずなちゃんだって、私よりはよっぽど素敵に笑うけど、智ちゃんのそれはなんだか群を抜いている。
普段から無邪気な雰囲気を持っているからなのか、彼女の笑顔は、浮かべる、というよりも、弾ける、という表現がきっと合う。
そういう風に笑う彼女だから、弾けた明るさがいろんな人に伝染して、彼女の周りにはいつも笑顔が絶えないんじゃ、ないかな。
なんだかよくわからないけど楽しそうだね、なんて周りの子が笑っているのに、でもこの子はきっと気が付いてない。それが、彼女の凄いところ。
智の笑顔はきっと自分の周り全部を巻き込んでしまう、引力を持ってるんだ。言い表すなら、それが近い。



ああ、でも、そうだ、弾ける、とか、明るい、とか、そういう言葉じゃなくて、もう少し優しく笑うひとを、私はたぶん、知ってる。
ふっと、何の予兆もなくそれは私の頭に浮かんでくる。いつだって瞼の裏にいる、たいせつな。


弾丸じゃなくて、射抜くでもなくて、きみは流れるように、包み込むように、緩やかに口元を緩める、そういうひとだ。
それは今まで出会ったことの無い、ひどく不思議な力でした、でも、ひどくあたたかい力でした。

自分の名前、ほんとはあんまり好きじゃない。私はそんな明るくもないし、何かを照らせるような子じゃ、全然ないから。
でもね、ほんの少しだけ。きみが、そうだ、ひだまりみたいに笑って、私のその名前を口にすると、ほんの少しだけ。
こんなにあったかいなら、わるくないかもしれない、なんてことも、私は思えてしまうような気がしてる、たぶん。




「……よーちゃん、よーちゃんってば」

「っ!」

「あー……おーけい、わかった、美穂さんにはお見通し、っていうか割と誰にでもお見通しなんだけどさ!」


しまった、と思った頃にはもう遅くて、やっぱり気が付いたら私の頬を楽しそうにつついている美穂ちゃんが居て、彼女は今にも笑い出しそうで。
声が震えてるのは多分そういうわけだ、でも笑い出すその一瞬前に、彼女は教室の入り口、兄弟みたいに並んで立ってる二人の方を指差した。
ご飯を食べてすぐに呼ばれたいっくん、何か真剣な顔をして、美術部の人、光武さんだったかな、と、話してる。

え、と私が答えあぐねていると、美穂ちゃんは一つ小さく息をついて、いいよ、見てて、と言った。
わからないよ、わからない、でも、ほんとはわかってる、美穂ちゃんが言いたいこと。



「たまに目が合うと、ぜってー逸らすもんね、やつは。だからほれ、今のうちに見とけ見とけ、どーせ部活のことで頭いっぱいなんだし」



喉が渇いたら、水が必要なんだってわかる。息を止めたら、空気が必要なんだってわかる。言うなら少し、それに似てるのかも、なんて思ったりする。
本当は、すごくすごく大切なこと。なのに、一度やめてみないと、それが自分にとって大切な事だったって、気がつかない。気がつけない。


だから私は、水を飲むように、深く呼吸するように。




きみの姿を、探す。










小話って、こんくらいかな……!!
甘いっていうかただただくすぐったいぞ、柊です。
お礼小話1、樹と陽、陽視点でした。

かなりなんでもな話です。でした。それ以上でもそれ以下でもない。
ぽやっと見つめる陽ちゃんでほっとしていただければ幸いです。



 

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